アフリカとの出会い64
   「世界を変えるのが私の夢」    

アフリカンコネクション    
竹田悦子 訳


 学校を卒業しても、すぐに会社に就職できるという希望が少ないケニアの学生たち。ケニア国内の最高学府ナイロビ大学を出たとしてもそれは同じである。ナイロビの目抜き通りに張り出されている仕事の情報には、常に人だかりが出来ていて、通行の妨げになっていた。学校を卒業する学生が圧倒的に求人の数を上回っている現状がある。しかし、なによりも重要なのが「コネ」である。コネでほとんどが決まっているような社会。

 それと同時に重要なのが、「アントレプレナーシップ」。つまり、「自分で起業する」のである。私がケニアを去ってから早10年。「コネ」が中心の就職から、今、ケニアでは自分でビジネスをする「ビジネスマン」の増加が顕著だ。ここ数年ケニアの経済成長は、そんな成長著しい起業する若者の成長で成り立っている。彼らは、「ミドルクラス(中間層)」と呼ばれていて、ケニア経済成長の中心となっている。私がケニアにいた頃、「私の夢は、自分を変えること。家族を変えること。ケニアを変えること。世界を変えること。あなたの夢は?」とキラキラした目で私に聞いてき女子大学生がいた。

                                                 写真:右からタピタ、筆者、リチャード

 彼女の名前はタビタ。彼女との出会いは少し面白かった。金曜日の夜、ケニアにあるバーは、「ファミリデー」と言って、家族連れが多くなる。ケニアでいうバーとは、日本の焼肉屋さんとビアガーデンとディスコが一緒になったようなレストランだ。私は金曜日の夜に仕事の後そこに行くのを楽しみにしていた。

 そこで毎週のように偶然出会う長身でおしゃべりが上手で知的な男の人がいた。名前は、リチャードと言った。しかし彼、お酒が弱く、いつも最後には泥酔してしまうのだ。特にケニアの政治の話題に明るく、また牧師を目指していたこともあって宗教的知己に富んでいて、彼と話すのを楽しみにしていた。しかしいつも酔ってしまい、何度か家まで送って行ったこともあった。

 その家にいたのが、タビタだった。彼女は、彼がお付合いしている人だったのだ。酔いつぶれて帰ってくる彼をいやな顔もせず、いつも感謝して迎えてくれた。そんなことを繰り返すうち、彼女は「私の大学を見に来ない?」と誘ってくれた。そして一緒に訪ねたのが、DAY STAR UNIVERSITY(デイスター大学)だ。彼女は大学1年生だった。

 ナイロビから、車で1時間半、マチャコスという町にあるアメリカの資本の私立の大学だ。大きなキャンパスを歩くと、日本の大学のようだが、学生の様子が随分違う。みんな忙しそうに本を持って移動している。図書館に行くと満員だ。座る席がない。パソコンの部屋も、コピー機にも行列が出来ていた。彼女が言うには、成績が悪いと落第してしまい、アメリカ留学の夢もなくなってしまうということだった。彼女はアメリカから奨学金を貰っていて、学費も生活費も、将来の留学費用も保証されていた。彼女はケニアの中でも成績が優秀で、数少ない大学に選ばれた学生だった。前途洋々な彼女。彼女の希望にあふれた当時の様子と今のケニアの経済成長が重なってみえる。

 今までは、才能があっても機会がなかった人達の活躍も目立ってきている。外国人でケニアに投資してビジネスをしようとする人たちも沢山いる。ルワンダでは、カガメ大統領の下、すでに国家戦略として「ダイアスポラ」と呼ばれる先進国で教育を受け、仕事をしてきた人たちの帰国・起業を支援する動きもある。先進国の仕事や地位を捨てて、自国の経済発展に尽くすことが、自分の発展に繋がるという道筋が描けたとき、ルワンダのような施策がケニアでも進んでいくだろう。いや、私はもう始まっているように感じている。

 確かにここ数年、ケニアに帰国する在日のケニア人も増えてきている。アフリカの経済成長の裏では、大望を抱き、人生を切り開こうとする無数の人のエネルギーを感じずにはいられない。タビタが、私に「私の夢は自分と家族と国と世界を変えること。あなたの夢は?」と聞いてから10年。今、ケニアの経済発展は待ったなしだ。



 アフリカとの出会い目次へ        トップへ